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15年戦争とその敗戦は、今日の繁栄の礎を築いえるのか?(新イシュー)

戦争に関する意見をたくさんいただき、ありがとうございます。
これまでのやりとりの中で気になるものをもうひとつ取り出したいと思います。

Xさんは、これまでのコメントの中で

http://pacolog.cocolog-nifty.com/pacolog/2005/10/15_bb4e.html
> 我々日本人はかつてプレイにおいて外国によって追い込まれ、敗れた。
> そのときの体制や戦略についての反省は必要だ。しかし現在の繁栄の
> 礎も築かれた。

http://pacolog.cocolog-nifty.com/pacolog/2005/10/15_1395.html
> 世界はこの戦争をきっかけに人種の平等を建前とし、有色人種の国家が
> 対等にものをいえる情勢になってきたのではないでしょうか。そしてそ
> の恩恵を受けた日本は貿易で栄えることができた。シーパワー国家とし
> て理想に近い姿を達成するために必要な世界情勢を、結果としてあの戦
> 争は作り出したのです。

といっています。

アジア人である日本人が、中国大陸から東南アジア、南太平洋に進出する広範囲の勢力圏を確立できたこと、米英を相手に必死に戦い、ある部分、互角に持ち込めたことが、欧米人に「アジア人はバカにできない」という印象を与え、その後の戦略が変わったという点を評価しようという趣旨です。

こういう議論があることはもちろん知っているし、そういう影響力があったことも部分的にはあると思うのですが、でもこのように手放しで肯定的な評価を与えることは、僕にはできません。

まず、戦後、欧米列強が植民地戦略を変えて、アジア諸国が独立できたという点ですが、これは日本の勝利による部分もあるにせよ、実はそれ以前から、特にイギリスの体力低下があり、以前のように植民地に提督を派遣して直接統治することにはカネと労力がかかりすぎて無駄が多いと、列強諸国が考えるようになっていたという点が上げられます。直接統治するより、独立を認めて、旧宗主国に従順な政権をつくらせ、経済権益を握る方がスマートだと考えるようになっていたわけです。これは1945年の終戦後にはっきりしてきた動きですが、すでに第一次大戦後にはこういう思想がはっきり登場しています。

日本人や、あるいは一部のアジア人は、日本ががんばったから欧米諸国が独立を認めざるを得なくなったという言い方をしますが、実態は、欧米列強が独立を認めるほうが得という感情をした結果と見る方が合理的だと理解しています。

もうひとつの視点は、日本を無条件降伏にまで追い込んだ米英連合国が、日本が「善戦」したと言っても、それで「対等にものを言うことを認めた」と考えるのは無理があります。あれだけ圧倒的な勝利を得た戦勝国の立場であれば、相手を「見下す」のが本来の行動でしょう。にもかかわらず占領終了後、日本の独立を回復させ、戦後の日本の繁栄に協力したのは、冷戦構造の中で、文字通り日本を浮沈空母として、対共産圏の防波堤にしたかったからであって、日本の「善戦」に感心したからではありません。

つまり、あの戦争によって、欧米諸国の指導者が、アジア人の力を認めたと考えるのは、好意的な見方に過ぎるというのが僕の理解です。

逆に言えば、戦争をしたから、日本やアジア諸国が戦後、欧米に認められ、独立や繁栄を獲得できたのではなく、ただ彼らの手の内のこと、と考えた方が合理的だということです。とすれば、戦争を起こしたことが今の繁栄の礎を築いたとは言えません。

1930年当時の日本の国力と、敗戦時の荒廃とのギャップ(国力の低下)を考えれば、
戦争をしない方法で国力を維持、もしくは微増できれば、その方がむしろ、1945年以後も繁栄を築けた可能性が十分あったと考える方が合理的です。

これは、歴史に対して「……たら」「……れば」という仮説を立てて考えるということで、普通は「歴史にもしはない」とか言って嫌われるのですが、僕はこういう思考は間違っていないと考えています。これは、現状を無条件に肯定しないためのシミュレートであって、これから採るべき戦略を考えるときに重要な意味を持ちます。過去の判断の適否を明確にするためには、過去の判断が分かれたところに戻って、別の道を選んでいた時を想定することが必要です。これをしておかないと、現実に起こった歴史は常に肯定されなければならないことを意味するからです。

ということで、僕は「戦争と敗戦の結果、現在の繁栄の礎が築かれた」という考え方はとりません。むしろ、あの戦争の判断は、繁栄に向かうにしてもムダな努力を強いられた、と考えるべきだと思います。

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Comments

>戦後、欧米列強が植民地戦略を変えて、アジア諸国が独立できたという点ですが、これは日本の勝利による部分もあるにせよ、実はそれ以前から、特にイギリスの体力低下があり、以前のように植民地に提督を派遣して直接統治することにはカネと労力がかかりすぎて無駄が多いと、列強諸国が考えるようになっていたという点が上げられます。直接統治するより、独立を認めて、旧宗主国に従順な政権をつくらせ、経済権益を握る方がスマートだと考えるようになっていたわけです。これは1945年の終戦後にはっきりしてきた動きですが、すでに第一次大戦後にはこういう思想がはっきり登場しています。

登場しただけでその後の世界の流れにならなかった思想など、山ほどあるでしょう。
イギリスですが、第一次大戦後にイギリス政府(外務省だったか?)が纏めた報告書(たしか「人種差別と移民」という題名です)は「日本がどれだけ軍事力で強大になっても、白人は日本人を対等とは認めないと思われる」と書いているそうです。
インドでは、1919年にローラット法が通っていますね。「逮捕令状なしで逮捕可」「裁判手続なしで投獄可」など独立運動弾圧のための、治安維持法もビックリな法律です。しかも独立を餌にして第一次大戦への協力させた結果がこれです。いったいどの辺が独立を認める思想なんでしょう?
その後あの無抵抗主義で有名なガンジーですら、日米開戦直後の日本の快進撃を見て日本につくべきかどうか迷ったといいます。彼は日米戦争初期の頃にルーズベルトと会談した際「世界を個人の自由にとって安全なものにするために戦っているという連合国側の宣言は、インドやアフリカがイギリスによって搾取されているかぎり、またアメリカが国内に黒人問題をかかえているかぎり、空虚に聞こえる」と発言したそうです。
インドでは闘争派だったチャンドラ・ボースに従ったインド国民軍の幹部は、イギリスに対する反逆罪で裁れそうになりました。これにイギリス側についたインド軍も反発し、反英暴動が飛び火した結果、イギリスはインドの独立を認めることになりました。
インドネシアやベトナムは日本の敗戦と共にオランダ・フランスが再植民地化に動いています。それに対し抵抗したのは、日本軍により創設され教育された(あくまでも日本のためであったにせよ)軍隊でした。
フィリピンでは1934年にアメリカの主権下で憲法を制定しますが、スペイン時代から独立運動を続けていたリカルテ将軍はこのときの帰国の要請を断り、独立の約束を取り付けた上で日本と共に米国と戦い、日本の敗色が濃くなっても米軍と戦い続け、戦病死したそうです。現在のフィリピンの国号・国旗・国家は日本が独立させたときのものを現在も継承しています。
日米戦争が勃発したとき、在米の独系人や伊系人は強制収容所には入れられませんでしたが、日本人だけが強制収容所に入れられたというのは有名な話です。
国際連盟の規約に人種平等条項を入れろという日本の主張は却下されました。
大東亜会議において採択された大東亜共同宣言において人種平等は謳われましたが、同時期に出された大西洋憲章にすら人種平等は謳われていません。

第一次世界大戦後に多少の人種平等・国家平等的な思想が出ていたにしても、世界の大勢はまだそのようなものでなかったことは明白かと思われますが。「1945年の終戦後」ですらまだはっきりしていなかった動きであるといえると思います。
そもそも一次大戦後に出てきたそのような考え方自体、日露戦争での日本の勝利に有色人種が勇気付けられたという側面があるのであって、歴史的に見て日本の「百年戦争」が、完全無欠ではないにせよ、白人支配に対する有色人種の最大の抵抗であったという流れは否定しようが無いと思います。

Posted by: X | October 23, 2005 at 14:49

>日本人や、あるいは一部のアジア人は、日本ががんばったから欧米諸国が独立を認めざるを得なくなったという言い方をしますが、実態は、欧米列強が独立を認めるほうが得という感情をした結果と見る方が合理的だと理解しています。

そのような勘定をするようになったのは、「日本ががんばったから」だと言いたいのです。いやもちろん日本だけではない。独立したのはあくまでもそれぞれの国の運動家の功績に帰すべきです。しかし日本はきっかけを作ったし、それは主要な独立運動家達も認めているのです。

そして何をもって「一部のアジア人」と書かれているのかがよくわかりません。私はアジア人のみならず、経営/社会学者として知られるドラッカー氏、西欧文明を相対化した歴史観を確立したトインビー氏の発言も引用しています。
http://pacolog.cocolog-nifty.com/pacolog/2005/08/post_1df2.html
もう一つ西欧人の言葉を引用しましょう。イギリスの H・ウェルズは終戦直後に「この戦争は植民地主義を終わらせ、人との平等をもたらし、世界連邦の基礎を築いた」と言ったそうです。

アジア人についてももう少し挙げましょうか。
インドネシア共和国首相モハマッド・ナチール
「大東亜戦争というものは、本来なら我々インドネシア人が独立のためにするべき戦争だったと思う」
「日本軍のやったことで注目すべきことの一つは、インドネシアの教育に力を入れたことだ。オランダの植民地政庁は長い間愚民政策を採っていた」
マレーシア首相マハティール
「日本が無ければ、アジア人は永遠に白人の奴隷だっただろう」

これらは日本人が言っている言葉ではないのです。

Posted by: X | October 23, 2005 at 14:51

>あれだけ圧倒的な勝利を得た戦勝国の立場であれば、相手を「見下す」のが本来の行動でしょう。

そんなことは無いと思います。圧倒的な勝利といいますが、連合国側にアメリカあってのことでしょう。
そのアメリカにしたって日本との戦争で国内体制の大きな変革を強いられています。アメリカの黒人は対日戦争の勝利に協力することによって国内での権利を獲得するという目的で従軍したものが多かったと言います。米軍には人種隔離制度がありましたが、トルーマン大統領は終戦後の1948年、行政命令でそれを禁止しました。大変なことですよ。
スミソニアンの博物館で太平洋戦争に関する展示を見たとき、日米開戦後の日本軍の進撃を示す図として、東南アジアから南太平洋に至る地域が次々と黒く染めていく画面を表示しながら、「いったい誰がこの日本軍を止めることができるのだろうか?!」などといったアナウンスを流していました。
アメリカだって総力戦をやったのであり、決して楽ではなかったはずです。日本降伏の報が届いたとき、ニューヨークではみんな外に飛び出て大喜びしたそうです。

>冷戦構造の中で、文字通り日本を浮沈空母として、対共産圏の防波堤にしたかったからであって

これは否定しませんが、単に共産圏の防波堤にするならば日本を独立させる必要は無いわけです。少なくともインド洋までにらみを利かせる沖縄を返還する必要はありません。日本を見下し馬鹿にしているのであれば。
日本は北はロシアと、西は韓国と、南は中国とそれぞれ領土問題を抱えていますが、東のアメリカとはそのような問題はありません。政治的な駆け引きがあったとはいえ、7-8万もの死傷者を出して一度は手に入れた沖縄をなんらの戦争なしに返還してくれています。ソ連に対抗するならば、自分で抱えておいてもいいはずです。

「『体格が小さくても、プライドが高くて負けを覚悟しても喧嘩をする』と思われた人間はいじめられない」ということなのです。

Posted by: X | October 23, 2005 at 15:01

>1930年当時の日本の国力と、敗戦時の荒廃とのギャップ(国力の低下)を考えれば、戦争をしない方法で国力を維持、もしくは微増できれば、その方がむしろ、1945年以後も繁栄を築けた可能性が十分あったと考える方が合理的です。

維持もしくは微増できれば、ですね。その方策を考えてみることは、ケーススタディとして重要でしょう。解答もあるのかも知れません。
その場合、仮に人種差別や植民地主義が続いていたとしても、国の為政者としてはそういう方策を採るべきでした。日本国民を動員するならば日本のためであるべきですから。
しかし(これは前のイシューに戻ってしまいますが)当時の指導者がその解答を出せたかどうかということはまた別問題です。

Posted by: X | October 23, 2005 at 15:03

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