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鉄道事故と車両の軽量化、というか、慎みのない報道の危険

JR福知山線での悲惨な事故の報道も一段落してきたようですが、報道で気になったことをひとつ。

毎度のことではあるのだけれど、TV報道は性急に過ぎて、危うさがあちこちに見られました。特に事故の初期から半日ぐらいたって、事故を報道する「絵」が出そろってきたころで、取材のカメラ位置も決まり、ヘリも回っていて、出てくる絵に変化がなくなってくると、「評論家」や「専門家」が出てきて、あれこれコメントを始めます。そうなると、事故の原因について司会者が聞きたがり、はじめは控えめだったのが、だんだん評論家や専門家が饒舌になってきて口の滑りがよくなってくると危ない。聞く方も大胆になってきて、最初は「現段階で考えられることは……」といっていたのが、だんだん「おそらくこうだ」になり、次第に結論じみてくるわけです。

で、今回特に気になったのは、「軽量化によって車両の強度が足りない」という話。確かに軽量化が進み、強度はぎりぎりになっているわけだけれど、その理由として「加速性のアップ」と「省エネによる経費削減」と行っていたのがどうも気になって。加速性と経費削減のために安全を犠牲にしたような印象になるわけですが、車両軽量化の目的は省エネによるCO2削減にも大きな理由があるわけで、「カネのために安全を犠牲にした」のが「車輌の軽量化」という文脈になるのがなんとも気になりました。

きちんと原因を特定していきながら出てきた話ならまだしも、その場の饒舌に任せて、原因とは限らないことを取り上げて悪者探しをするようなやり方に、視聴者は惑わされてはいけないのです。

軽量化は、あくまでも「脱線はしない」「衝突事故は起きない」という前提で進められています。となると、脱線がおきるような状況になること、今回の場合で言えば、速度超過やATSが旧式だったことなどこそ、問題にされるべきで、車輌の軽量化は原因としての優先順位がかなり落ちるはずです。

※もちろん、「脱線はしない」と言っても、実際には事故は起きうるわけですが、時速120キロでの衝突に耐えるほど強度を上げると、重量もかなり大きくなり、力積も増してしまい、さらに強度を上げなければならなくなるでしょう。いずれにせよ、どこかで妥協せざるを得ません。

このあたりは、本来は、しゃべっている専門家の責任ではなく、生放送の雰囲気の中で、司会者や評論家がしゃべらせている状況、なにか答えを言わないといけないような雰囲気作りのほうにあるように見えます。

事故の原因がはっきりするのはもっと後になるでしょう。性急な憶測報道は、しょせんショーだと割り切り、意味合いをていねいに見分ける必要があります。

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